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日本のファンを増やしたい
── 瀬戸内海からひらく、地域と世界のつながり

価値は、そこにあるだけでは見えない。外からの視点を通したとき、はじめてその輪郭が立ち上がる。
瀬戸内海という特別な海。玉野という、静かにひらかれた土地。

「日本のファンを増やしたい」
その言葉の奥にある視点と熱意は、地域と世界の関係を、もう一度問い直していく。

なぜ、この海は特別なのか

──瀬戸内海という“価値”の風景。静かな奥行きを持った特別な海。

山地:宮原さんが思われる、この玉野や瀬戸内海の魅力って、どんなところにあるんでしょうか。

宮原:やっぱり瀬戸内海に面しているということが大きいですね。私は、瀬戸内海は世界でも特別な海だと思っています。

山地:特別な海、というのはどういう意味でしょう。

宮原:まず、構造的な話でいうと、世界の内海はいくつもありますが、瀬戸内海のように“一つの国の中で広がっている内海”というのは珍しいんです。地中海のように複数の国にまたがる海とは違う特徴があります。

山地:なるほど、それだけでもかなり特殊な存在ですね。

宮原:それに、瀬戸内海にはたくさんの島があって、それが折り重なるように見える景観がありますよね。水平線だけが広がる海とは違って、奥行きがある。あの景色は圧倒的だと思います。瀬戸内海は、決して派手な海ではないんですよ。地中海のような華やかさとは違って、もっと静かな奥行きがある。

山地:すごく分かります。日によって、季節によって、島々や行き交う船が海の表情を変えていきますね。

宮原:大人になって価値がわかる海、という感じがするんですよね。自分が人生の中でいろいろ経験してきて、過去があって、今の自分があって、それを照らし合わせながら見ると、瀬戸内海ってすごくマッチするというか。人生を重ねてきた人ほど、価値を感じる海なんじゃないかと思います。風光明媚という言葉だけでは表しきれないというか、どこか奥ゆかしさのようなものも感じるんですよね。

山地:その奥ゆかしさって、日本人だからこそ感じられる感覚なのかもしれないですね。私も、その感覚を音楽として表現していきたいなと思っています。例えば音がない空間、自然なゆらぎや無音の空間っていうのをすごい大事にしていたり。それってやっぱり、日本人だからかなと思うことがよくあるんです。

宮原:そうですね。実は私の母はピアニストなんですよ。音楽って残っていくものですし、やっぱり素晴らしいですよね。

山地:言葉がなくても翻訳がなくても想いが伝わるものですね。

なぜ、この街は心地いいのか

──人が自然と集まり、住みたくなる理由がある。

山地:玉野って、観光地として“すごく分かりやすい場所”というよりは、実際に来てみて良さがわかる場所だなと感じていて。

宮原:そうですね。観光という目線でいうと、例えば広島や兵庫のように「ここに世界遺産があります」というような分かりやすさは、玉野にはあまりないかもしれません。でも、住むという視点で見ると、すごくいい場所なんですよね。インフラも整っていますし、自然も近いし、人も多すぎない。暮らすにはちょうどいいバランスだと思います。

山地:確かに、住む場所としての魅力をすごく感じます。

宮原:実際、この10年で200人くらい移住してきているんですけど、その方たちがみんな「玉野がいいから来た」と言ってくれるんですよね。もともとこの辺りは、三井造船の企業城下町だったので、昔から外から人が来て働く場所だったんです。だから、外から来る人に対して比較的オープンなんですよね。

山地:そうだったんですね。もともとオープンな雰囲気があって、その歴史的な背景が今にもつながっているんですね。

宮原:よくあるような、移住したら地域の中に強く入らなきゃいけない、というような距離感でもなくて、人との距離がちょうどいい。そこが魅力だと、移住者の方はよく言われます。人との距離が近すぎず遠すぎず、ちょうどいいからこそ、自分のペースでいられるというか。だから何か新しいことをやりたい人にとっても、やりやすい環境なんだと思います。実際に、飲食やアート、映像など、好きなことを仕事にする人も増えていますし、そういう人たちが自然と集まってきている場所でもあると思います。

山地:確かに、表現や創作をしている方も多い印象があります。次々と新しい飲食店ができているイメージも。

宮原:そういう意味では、玉野って“やっていい空気”がある場所なんじゃないかなと思いますね。

視点が大きく変わるということ

──なぜ外から見ると価値が見えるのか

山地:お話を伺っていると、海外生活も様々に経験された宮原さんだからこそ見えている地域の魅力、というのも大きいのかなと感じました。

宮原:そうですね。玉野に限らず、岡山でも日本でもそうだと思うんですけど、ずっとその場所にいると、なかなか良さって分からないんですよね。

山地:まさに私もそうでした。東京に出て故郷の岡山の魅力に気づいたり、海外に出て日本の魅力に気づいたり。

宮原:東京にいた頃、23歳から25歳までアメリカに留学していて、そのときに日本がすごく好きになったんです。

山地:アメリカに行って、それで日本が好きになるって面白いですね。

宮原:当時はやっぱりアメリカに憧れて行ったんですけど、実際に外から日本を見たときに、「日本ってこんなに素晴らしい国なんだ」と思ったんですよね。それまではどちらかというと、自分中心に物事を見ていたと思うんです。自分がいて、家族がいて、周りがあって、という感じで。でも帰ってきたときに視点がすごく変わっていて、まず宇宙があって、地球があって、その中に日本があって、その中に自分がいる、というふうに見えるようになったんです。

山地:それは大きな転換ですね。物事の見方が大きく変わったんですね。

宮原:そうなんです。その感覚を持てたことがすごく大きくて、自然に対しても「ありがとう」と思えるようになりましたし、見え方が全然変わりました。

山地:私も海外に行くたびに、その国の良さを感じつつ、同時に日本の良さも持ち帰ってくる感覚があります。違いが見えると、その「違い」こそが美しいと感じられるようになるというか。

宮原:そうですよね。外からの視点を持つことってすごく大事だと思っています。

日本のファンを増やしたい

──地域から世界へ、ひらかれていく視点

山地:宮原さんがこの玉野で事業をされている背景には、どんな思いがあるのでしょうか。

宮原:玉野市は1975年から人口が減少し続けているんです。そういう中で、少しでも街を盛り上げたいという思いがありました。瀬戸内国際芸術祭以来、直島には世界から人が来るようになりましたよね。でも岡山側から渡る人はまだ少ない。なので、迎え入れるようなホテルをつくったという側面もあります。

山地:入口になる場所をつくる、ということですね。

宮原:そうですね。それと、住んでいる人が「この街いいな」と思ってもらえるような状態にしたいという思いもあります。不動産って街をつくることでもあると感じているんですよ。小学生の頃に毎年この玉野で過ごしていた思い出があり、当時はもっとたくさん人がいた印象もあったんです。当時、子供で体が小さかったからそう感じたのかもしれませんけどね。でもその記憶があるからこそ、この地で自分なりに活性化に貢献したいと思っているんです。

山地:子供の頃の原体験から生まれてくる想いですね。ただ“活性化する”というよりも、その場所の記憶や感覚を、今の形でつなぎ直しているような。

宮原:正直に言うと、チャレンジしないなら東京へ帰ろうと思ったくらいなんですよ。通り過ぎる街から、ちょっと滞在するような街になってほしい。温泉や無人島などいろんなことを通じてチャレンジさせてもらってます。

山地:それくらいの覚悟だったんですね。この地に新しい魅力をつくりながら人をつなぎ、街を形づくっていく。その背景には、宮原さんご自身の幼少期の記憶や海外での経験、外からの視点など、いろんなものが重なっているんですね。

宮原:それと観光という意味で言うと、僕は日本が大好きなので、一人でも多くの日本のファンを増やしたいと思っています。

山地:日本のファンを増やしたい。まさに私も同じ想いです。作曲する音楽を通して、日本の風土や感性そのものに触れてもらうことで、結果的に“好きになる”という関係が生まれていくことを大切にしたいなと。

宮原:できれば自分たちのやっている事業を通して、玉野や瀬戸内海、岡山、日本を好きになってもらえたら。それ以上ないかなと思っています。

Profile

宮原 一郎
宇野港土地株式会社代表取締役。大学卒業後、不動産・地域開発分野に従事し、都市開発事業や資産運用業務を経験。のちに宇野港土地株式会社代表取締役に就任。玉野市宇野港エリアを中心に不動産開発と地域活性事業を推進。港湾エリア再生や観光・商業連携を通じ、地域資源を活かした持続可能なまちづくりを展開している。

山地 真美
情景描写ピアニスト・作曲家/”The SESSION 0” 総合プロデューサー。カンヌ国際映画祭作品、テレビCM、文化庁日本博事業など、国内外のプロジェクトを手がける。音楽を軸に、観光・教育・アート・ビジネスを横断し、社会や地域が持つ価値を100年後の日本の未来へつなぐ文化プロデュースを行う。株式会社ベネルート専務取締役。