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余白は、どこから生まれるのか
──暮らしと技術が交わるところ

価値は、足すことで生まれるのか。それとも、削ぎ落とすことで見えてくるのか。
農業の現場から生まれた技術は、人の暮らしを支えながら、時間のあり方を変えてきた。
手放していくことで現れるもの。その先に、どんな創造が生まれるのか。

なぜ、この技術は生まれたのか

──暮らしの中の“困りごと”から始まるものづくり

山地:杉本さんのお話を伺う中で、「農業」という人の暮らしを良くするものづくりと、私自身が音楽や文化を通して人の暮らしを素敵にしていきたいと思っている部分と、どこか重なるものを感じていて。その原点からお伺いできたらと思いました。

杉本:もともとは今でいう草刈機ではなくて、「刈取機」というところから始まっているんです。昭和30年代、この地域ではい草の栽培が盛んで、その刈り取りや刈り揃えの作業がとても重労働で大変だったんですね。

山地:やっぱり最初は、人の思いというか、「大変だ」という実感があって、それを何とかしたいというところから始まっているんですね。

杉本:農家の方の労力を少しでも軽くできないか、というところから機械が生まれていったと聞いています。それ以前からも、噴霧器など農作業を助ける道具をつくっていた流れがあって、ずっと一貫しているのは“暮らしの中の負担を軽くする”ということなんです。

山地:その「何とかしたい」という想いや目の前の困りごとに向き合う中から、自然と形になっていくものなんですね。

杉本:当時はほとんどの人が農業に関わっていましたし、その中で必要とされるものを形にしていったという流れだと思います。実際、今では世界中で使われているものになっていますけど、その始まりは本当に小さなところだったと思います。

山地:今では当たり前にある草刈機も、そうした背景を知ると全く違って見えてきますね。普段の風景の中にあるものほど、その奥にある時間や積み重ねって、意識しないものですよね。

杉本:そうですね。当たり前になっているものの中にこそ、長い時間があるんだと思います。

山地:先ほどお話を伺いながら、草を刈るという行為の中にも、もしかしたら昔はリズムや歌のようなものがあったのかなと想像していました。暮らしの中の営みと、人の感覚や文化って、どこかでつながっている気がしていて。

杉本:い草の刈り取りなんかは、もしかしたらそういうものがあったかもしれないですね。

山地:そういう、記録には残らないものも含めて、暮らしの中にあった時間や感覚を、これからの形で残していくこともできるのかもしれないですね。

時間はどう変わるのか

──手放すことで生まれる、新しい流れ

山地:先ほどのお話を伺っていて、人の負担を軽くするために技術が生まれてきたという流れの中で、その先にある“時間の変化”がとても気になりました。単に作業が楽になるということだけではなくて、働き方そのものが変わっていくような感覚なのかなと。

杉本:そうですね。実際に弊社でも、会社の中でいろんなことを改めて見直していく中で、結果的に時間の使い方は大きく変わりました。例えばもともと昔から続いているやり方が多かったんですが、それを一つ一つ見ていくと「これって本当に必要なのか」と思うものが結構あって。それを一度やめてみる、ということを決断したんです。

山地:やめてみる、という判断はなかなか難しそうですが、そこに踏み込まれたんですね。

杉本:でも実際にやめてみると、意外と困らないことも多くて、結果的に仕事の量が減っていきました。続けていると当たり前になってしまうんですが、見直してみると、本当は必要じゃなかったことも多かったんですよね。

山地:当たり前だと思っていたものを一度疑ってみることで、結果的に時間が生まれていった。

杉本:その結果、働き方自体も変わって残業もほとんどなくなりました。

山地:時間が生まれることで、その使い方も問われていきますよね。

杉本:そこが次の課題ですね。時間ができたことで終わりではなくて、その時間をどう使うのか。そこまで含めて考えることが必要です。

余白はなぜ必要なのか

──創造と、人のあり方

山地:今のお話を伺っていて、時間が生まれることそのもの以上に、その中にある“余白”をどう捉えるかが、とても大事なんだろうなと感じました。

杉本:そうですね。ただ、時間ができたからといって、すぐに何か成果が出るわけではないので、そこは難しいところでもあります。どうしても仕事の中では、目に見える結果が求められるので、そういう時間は価値として認識されにくい部分があります。

山地:確かに、何もしていないように見える時間って評価されにくいですよね。でも実際には、そういう時間の中でこそ考えが深まったり、新しい発想が生まれたりする感覚があります。

杉本:そうなんです。特に開発の分野は、目の前の業務だけをやっていても新しいものは生まれないので、あえて何もしない時間や、全く違うことを考える時間が必要になってきます。

山地:すごく共感します。作曲も同じで、ずっと何かをやり続けている状態では、新しいものが生まれにくくて。だからこそ、普段行かない場所に行ってみたり、違う体験をしてみたり、少し環境を変えることで、思考を動かすような時間をつくっています。そういう時間の中で、ふとした瞬間に新しいものが立ち上がることがあるんですよね。

杉本:まさにそれが必要なことだと思います。脳をブレイクする時間や、一定時間全然関係ないことをしてみたりと、自由な時間こそが新しいものを生み出す大切な時間です。

山地:技術開発と作曲、一見全く違うように見えるんですけど、どちらも“コントロールできない時間”の中から生まれてくるものがある、という点ではすごく似ているように感じました。

杉本:企業の中でも、本当はそういう時間をどう扱うかが大事なんだと思います。効率化により生まれた時間を、どう活かすかという環境づくりですね。

山地:すぐに成果につながらない時間や、目に見えないプロセスをどう受け止めるか。その姿勢そのものが、これからの創造のあり方に関わってくるのかもしれないですね。

日本の技術はどこへ向かうのか

──世界との関係の中で見える価値

山地:ここまでお話を伺ってきて、日本の技術って、単に便利さや機能性だけではなくて、人の暮らしや時間のあり方そのものに関わっているものなんだなと感じました。

杉本:日本のものづくりは、もともと現場の困りごとから始まっているものが多いので、結果的に人の生活に寄り添う形になっていると思います。

山地:杉本さんは海外にも拠点を持って事業をグローバルに展開されている中で、日本の技術やものづくりは、世界でどのような印象を持たれていると感じますか。

杉本:やはり日本の技術力は高いですし、仕事が丁寧だという印象を持っていただいていると思います。信頼されている部分が大きいですね。実際に中国にも拠点があり、現場で感じることも多いです。今後はインドなどにも展開していきたいと考えています。国によって状況は違いますが、日本の技術や考え方が活かせる場面はまだまだあると思っています。

山地:そうしたお話を伺う中で、日本という国のあり方も少し見えてくる気がしました。国土が広いわけでもなく、エネルギー資源が豊富なわけでもない、そんな中でやはり日本の魅力として細やかさや丁寧さ、ものづくりの精度の高さといった部分が磨かれてきたのかなと感じています。

杉本:そういう部分は、日本の特徴としてあると思いますね。

山地:そして今日お話を伺っていて、技術も文化も、本質的には人の暮らしをどう豊かにするかというところでつながっているんだなと感じました。農業の現場から生まれた技術も、音楽や文化も、形は違っていても、人の生活に関わり、時間を変え、感じ方を変えていくものだと思います。

杉本:そう思いますね。やっぱり技術というのは、最終的には使う人の中でどう活きるかだと思っているので、実際の現場でどう役に立つかということが大事だと思っています。そういう積み重ねが、結果的にグローバルな価値にもなっていくのかなと思います。

Profile

杉本 宏
株式会社ニッカリ代表取締役社長。1971年、岡山県岡山市出身。大阪大学大学院卒業後、大手重工メーカー入社。2002年農林業機械メーカーとして草刈機・林業機械の開発製造を担うニッカリに入社後、製造・営業部門を歴任し社長就任。安全性と環境配慮型製品の開発を推進し、海外市場を開拓。地域雇用の創出とものづくり人材の育成に取り組み、岡山発製造業の持続的成長を牽引している。

山地 真美
情景描写ピアニスト・作曲家/”The SESSION 0” 総合プロデューサー。カンヌ国際映画祭作品、テレビCM、文化庁日本博事業など、国内外のプロジェクトを手がける。音楽を軸に、観光・教育・アート・ビジネスを横断し、社会や地域が持つ価値を100年後の日本の未来へつなぐ文化プロデュースを行う。株式会社ベネルート専務取締役。