なぜ、価値は“頭の中”に生まれるのか
──ブランドと文化をつなぐ思考
価値とは、つくるものなのか。それとも、人の中に生まれるものなのか。
岡山という土地には、すでに多くの豊かさが存在している。その価値は、どのように認識され、文化へとつながっていくのか。
ブランド、土地、歴史、そして人。それらを行き来する対話の中から、見えなかった輪郭が、少しずつ立ち上がっていく。

ブランドはどこにあるのか
──頭の中に生まれる価値
ブランドとは、つくるものではなく、 “想起されるもの”。
山地:以前杉山さんからブランド戦略のお話を伺ったときに、すごく印象的だったことがあって。私はこれまで、ブランドって自分がどう見せたいか、どうつくっていくかというものだと思っていたんですけれど、そうではなくて、相手の頭の中に何が想起されるかがブランドだというお話をされていて。
杉山:いずれにしてもブランドっていうのは相手の頭の中にあるものなんですよ。例えば「ルイ・ヴィトンといえばカバン」というように、一つのカテゴリーに対して自然と想起されるかどうか。それがブランドなんですよね。
山地:自分がどう見せたいかではなくて、相手がどう認識しているかなんですね。
杉山:そうです。だから本当に消費者がどう思っているかを調べないと、それがブランドなのかどうかは分からない。消費者が意識しているかどうか。それを知るためには調査がとても大切なんです。
山地:それで言うと、例えば「岡山といえば何か」というような関係性をつくっていくことがブランドなんですね。
杉山:そうですね。最終的には「〇〇といえばあなた」と想起される状態をつくること。それが目標になると思います。そのためには、何か一つの柱、尖ったものをつくって、それをしっかりと浸透させていく必要があります。企業だけではなくて、地域や個人のブランドも同じです。

静かな豊かさ
──土地の特性
岡山という土地には、どこか“あくせくしない”空気がある。
山地:ブランドのお話を伺っていて思ったんですが、岡山って豊かなものがたくさんあるのに、それがあまり外に出ていない印象があって。何か土地の特性が関係してるんでしょうか。
杉山:そうですね。岡山の県民性は一言でいうと「質実剛健」だと思います。ちなみに一つ、面白い話があるんですが。岡山県民のお賽銭の金額って、一体いくらが一番多いと思いますか?
山地:どうでしょう…。私の感覚だと、10円や50円でしょうか。かなり気持ちが乗ったら500円とか…。
杉山:実はですね、一番多いのは「5円」なんですよ。
山地:5円なんですね。少ないな、と思ってしまいました。
杉山:実はこれはまさに県民性を表していて、岡山は豊かですから本当はもっと出せる人もいると思うんですけど、あえて出さないんですよね。神様にお金を見せびらかすようなことはしない。見せるために出すものではない、という感覚なんです。
山地:内側が満たされているから、外に向かって誇示する必要がないんでしょうか。すごく面白いお話ですね。
杉山:岡山は昔から恵まれている土地なんですよ。三つの大きな川があって、南には平野が広がっていて、山には資源もある。備前焼や刀の文化もそうですし、火の文化も含めて、生活に必要なものが揃っている。それが古代からずっと続いているんです。
山地:そんなに長い時間の積み重ねなんですね。
杉山:だから、無理に外に出ていかなくても、自分たちの生活は守れるという感覚がある。果物も美味しいし、お酒も美味しいし、水もある。それほど台風も地震もないし、何不自由なく生活できてしまう訳です。
山地:だから、あくせくしなくてもいいというか、それで成り立ってしまうんですね。
杉山:そうですね。外に向かってPRしようとか、売り込もうという意識があまり強くない。中で完結してしまうんです。でも、それは決して価値がないわけではなくて、むしろすでに豊かなんですよね。

文化はどう生まれるのか
──文明と文化、その関係性
暮らしの豊かさと、精神の豊かさ。その関係の中に、文化の輪郭が浮かび上がる。
山地:岡山のお話を伺っていて感じたのが、食だったり暮らしだったり、すごく恵まれているということが、文化の発展にも関係しているのかなと思っていて。その中で、杉山さんが経済と文化の関係をどのように捉えていらっしゃるのかをお聞きしたいなと思いました。
杉山:そうですね。少し歴史の話になりますが、日本は明治以降、「富国強兵」という形で文明を発展させてきましたよね。いわゆる文明開化です。ただその中で、「文明が大切なのではなくて、文化が大切なのではないか」という考え方も生まれてきました。やっぱり「文明は文化のしもべ」なんだと思います。文明は人間の生活を豊かにするための手段であって、それ自体が目的ではない。最終的には、精神的にも肉体的にも人の生活が豊かになっていくこと、その中で文化が育まれていくということが大事なんだと思います。
山地:文明と文化の関係性が見えてきますね。そうした文化は、きっと時代の中で外来のものや新たなものと重なりながら形づくられていくものでもあるんですね。
杉山:岡山という土地で見ても、そういう文化の受け皿のような動きは以前からあって、例えば大原美術館のように、かなり早い段階で西洋の印象派の作品を取り入れて、美術館として開いていくような試みもありました。もともとある文化の中に、外から入ってきたものを取り入れていく土壌があったんだと思います。
直島なんかもそうですよね。ヨーロッパをはじめ世界中から人が訪れていて、何百年も続いている地域の民家が瀬戸内海の風景の中に溶け込んでいる。その中に現代アートが入り、新しい価値が生まれている。ああいう形で、日本の中にありながらも、外の視点と重なり合っている場所になっていると思います。
山地:確かに、日本って昔から外から入ってきたものをそのまま受け入れるのではなくて、自分たちの中で消化して、新しい形にしていく文化があると思っていて。直島も、地域に元々あるものと外から来たアートが融合して、新しい文化になっている。すごく日本らしい在り方だなと感じました。
杉山:まさにそうだと思います。

複眼で世界を見る
──時間と空間を横断する視点
一つの視点だけでは、見えてこないものがある。
山地:杉山さんのお話を伺っていると、二つの軸をすごく感じるんです。海外という広い視点から今の岡山や日本を見る視点と、歴史的に古い時代から紐解いて今を見る視点。その両方があるからこそ、いろんな発見があるんだなと感じていて。
杉山:そうですね。やっぱり一つの目だけで物事を見るのではなくて、そこに時間軸を入れることが大切だと思います。昔はどうだったのか、そして他の国や文化ではどうだったのか。そういうふうに横にも縦にも広げていく、いわゆる複眼的な見方ですね。
山地:複眼的な見方、ですか。時代を見る縦の軸と視点を広げる横の軸、様々に変えるイメージですね。
杉山:大学でもよく話してきたんですが、どうしても一つの視点に偏りがちなんですよね。でも、歴史の積み重ねの中で見る視点や、海外と比較する視点を持つことで、見え方は大きく変わると思います。近視眼的な見方ではなくて、もっと広い視野で物事を見る。その積み重ねが、結果的には世界の平和や相互理解にもつながっていくんじゃないかと思っています。
山地:お話を聞くたびに、その視点の大切さを感じます。 いろんな視点や時代を行き来していく中で、境界が少しずつ溶けていく感覚があって。その重なりの中から生まれるものを、音楽や場として表現していきたいなと思います。

Profile
杉山 慎策
岡山県出身。岡山大学卒業後、国内外のグローバル企業でマーケティング戦略と事業開発を担当。資生堂UK社長、マテルジャパン代表取締役社長、日本ロレアル取締役副社長を歴任。教育界に転じ、マーケティング論、ブランド戦略論、経営戦略論を専門とし、長年にわたり東京海洋大学、岡山大学、立命館大学大学院、 就実大学などで教鞭を執る。経営と教育を横断するマーケティングの専門家として地域人材育成に寄与。
山地 真美
情景描写ピアニスト・作曲家/”The SESSION 0” 総合プロデューサー。カンヌ国際映画祭作品、テレビCM、文化庁日本博事業など、国内外のプロジェクトを手がける。音楽を軸に、観光・教育・アート・ビジネスを横断し、社会や地域が持つ価値を100年後の日本の未来へつなぐ文化プロデュースを行う。株式会社ベネルート専務取締役。

